FC2ブログ
  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 【2月3日】学内 部室

 学年末試験期間が終了した2月。やることのなくなってしまった学生生活。
 まだある学校行事といえば、2週間ほど先に始まる大学受験の一般入試期間と、卒論担当教授との口述面談試験、あとは卒業式くらいのもので、今から躍起になって、どうのこうのとしなければならないことはない。
 あるいは、やれることはもはやない、というべきか。
「ああやったよ、もう充分といっていいほどやった。俺にやれることはもうないね、あとはもう天命を待つだけです」
 昼夜逆転の生活が苦だったわけではない。
 一夜漬けの勉強には意味がない。よく中高の教諭がそんなことをいうが、悲しいかな日本の大学の、それも文系の人間の試験なんて、しょせんその程度の努力でどうにでもなる。
 過去の試験問題をもらう、手近な友人や知人に声をかけて必要な単位のノートをコピーさせてもらう、あとは時間を使って試験範囲の内容に目を通し、傾向を読む作業をこなす。自分の持ちうる交際関係を総動員して、そういうノウハウを効率良く、小利口に、あるいはずるがしこくこなすことで、ある程度の成績ならついてしまう。
 数字だけが結果。きわめて合理的で、システマチックなプレ社会。
 結果ではなくその過程に意味があるのだ、なんて熱血なフレーズは、しょせん疲れた社会の取りたがるポーズなのだ。
 まあ、そういう屁理屈ばかりにかまけてここまでやってきたからこそ、試験勉強の億劫さといったらないわけなのだけれど。
 よく世間一般の思い描く大学生活というやつは、前途ある有望な青少年を駄目にする、堕落させる日々だ。そう思ってトキオは思わず吹いた。前途有望な青少年だったかどうか、今になってみれば定かではない。むしろ自分は、どこにでも落ちているただのガキで、それがただ年食っただけのことだ。
「高校の時だか浪人中だか忘れたけどさ、テレビで大学生の学力不足がどうのってよくいってたじゃん。バカじゃないのとか思ってたけど、あれって意外と現実なのな」
 コンクリートの天井までゆるゆると立ち上った煙草の煙が、静かに空気に溶け込んで、部屋全体に降り積もっていく。エアコンの送風が少々カビ臭かったが、かまわずつけたままにしていた。
「それって、自分のことですか?」
 テレビモニターと睨めっこしていたオオシマがこちらを振り返らずにいった。
 誰かが持ち込んだプレステがカタカタと音を立てる。床の上に投げ出された2Pコントローラーが、ベランダ側から差し込む陽だまりの中に落ちている。
「まあ、俺を含めた世の大学生全般、ってところかね」
「真面目にやってる人だっているでしょ。トウジロ先輩とか、ヒロさんとか」
「あいつらはそーゆうんじゃないだろ。かたや商社勤めのバリバリエリート志望、かたや学者肌の文学オタク。俺みたいな中途半端で、これといって取り柄のないニーチャンとは違うのよ」
「自分でいいますか、そういうこと」
 テレビのステレオからコンボが決まったSEが流れる。必殺技のエフェクトが、1Pの周囲を取り巻く敵兵達をことごとく薙ぎ払う。
「いっちゃうねえ、俺は」
 短くなったゴロワーズを灰皿で揉み消す。
「マンガの主人公みたいに、頑張れば頑張っただけ強くなれる、みたいな? そんな生命力も、図太い神経も、持ち合わせちゃいないのよ、俺はさ」
 机の上の手近な場所に投げ出されていたジャンプ。部員の誰かが置いていったのだろう今週号のページをぱらぱらとめくりながら、ぼんやりと過ごす、残りわずかな学生の時間。
 ああ、俺はきっと何者にもなれないんだなあ、というありきたりな失望感。
 まあ、もともと特別なオンリーワン、なんていっていたところで腹は一杯にはならんしなあ、というごくありふれた実感。
 血反吐を吐くほどの努力とか、ご大層な夢とか、そういう暑苦しいものから逃げ出してどれくらいが経ったか。モラトリアムという居心地の好い不自由さ。この世に生を受けた瞬間から、この身に自由なんてありゃしないのさ。卑屈に徹する自我との葛藤。相変わらずの思春期だ、そうトキオは感じる。
「さて、と」
 どっかりと腰を下ろしていたソファから立ち上がり、携帯とコートを持った。
「ちょっと出てくる」
「あ、コンビニすか? お茶買ってきてほしいんですけど」
「いーや。4年のスタチー会。てか、自分で買いに行けよ、どうせヒマなんだろ、お前」
 パタン、と部室のドアを閉じる。
 どうせヒマなんだろ。
 モラトリアムを暗喩する言葉。
 トキオにとって、これは最後のモラトリアムだ。
「なんだかねぇ」
 働きたくないよぉう、と。
 長い部室棟の廊下に、間延びした鼻歌が小さく響いた。
スポンサーサイト
04.18 (Wed) 21:41 [ mistake ] CM0. TB0. TOP▲
  
コメント
コメントする









       
トラックバック
トラックバックURL
→http://circle911.blog81.fc2.com/tb.php/5-d163b101
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。